入院顛末記 その5

「髄液を採りますから」

そう言われてワタシは露骨に嫌な顔をして言った。

「えー、もう大丈夫ですから。」

別に検査自体が嫌なわけではない。あのヤブ医者にもう一度同じことを繰り返されるのが嫌なのだ。ワタシの必死さにたじろいだのか、担当医師は「明日の様子見て決めましょう。」と言って去っていった。


翌朝、検温では36度台前半。相変わらず通奏低音(?)のような頭痛は続いているが、ひとまず熱は峠を越えたようでひと安心。これじゃあ髄液の検査なんかしたって無駄だ。

しかし、検温の結果を聞きに来た看護婦が当然のような顔をして「今日は髄液の検査ですよね。」と言う。担当医師は今日の様子を見てから決めると言っていたと伝えると、確認しますと言って戻っていった。


その返事は昼前の検温の時間になっても返ってこなかった。検温に来たのは昨日の『ダヴィンチ・コード』未了の若い看護婦だった。彼女も「今日は髄液の検査ですよね。」と同じことを繰り返すので、ワタシも今朝と同じことを言ったら、やっぱり確認しますと言って戻っていった。


その返事は、今度はその後すぐに戻って来た。
選りによって、昼飯を摂っているときにあのときの『婦長』がやってきて、もう大丈夫だと思っても検査はしといたほうがいいのよ、とか言って説得を始めたのである。


頭に来たワタシは思わず声を荒げてしまった。

「検査のための検査ならやりたくないです。それに担当の先生が様子を見て決めるって言ったんだから、もしどうしてもやるっていうなら担当の先生と話をさせてくださいよ。」


正直大人気ないとは思うし、元々子供の頃からの頭痛持ちなのだからちゃんと検査をした方が良いとも思う。

でも、とにかくワタシにはあのスカした脳外科の医者が信用できなかった。少し大袈裟に言えば自分の命を誰が信用できない人間に任せようとするものか。


暫くして『婦長』が戻って来て言った。「担当の先生に確認したら、もう大丈夫みたいだからやらなくっていいって。」


ワタシはほっとすると共に少し複雑な気分になった。


結局、高熱と頭痛の本当の原因がわからないままワタシは翌日退院した。

担当の医者曰くウイルス性の『髄膜炎』の疑いがあるとのことだった。髄膜とは、脳と頭蓋骨の間の部分を指し、そこが何らかの原因で異常を来たしたのではないかと言うことらしい。


そうだと断言できないのは、髄液の検査をしていないからである。



家に帰ると、わずか5日間会わなかっただけなのにハナが妙に大きくなったように感じた。

ハナをかまいながらスカパーでサッカーを見ていると、やっぱ病気なんかになるもんじゃないなとあらためて思った。
皆さん、身体だけは大事にしましょう。


(完)